とつか町だより

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zoom RSS あるある大事典

<<   作成日時 : 2007/01/29 20:58   >>

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納豆問題に端を発したあるある大事典の捏造問題。もともとこの番組はトンデモウォッチャーの間ではひどい番組として夙に有名であり、批判サイトなどもずいぶん前からいくつもあります。今回やっと一つの捏造例が明るみに出たわけですが、旧石器捏造が当初二つの遺跡での捏造から、最終的には教科書にも掲載された座散乱木遺跡をはじめとするすべての前期旧石器遺跡にまで波及したのと同様、今後まじめに調査を進めていけば、ほとんどの回に何らかの問題があることが明らかになると思われます。本丸は「マイナスイオン(笑)」でしょうね。そこまで検証が進めばいいのですが。

ぼくの感覚では、この問題は、テレビ局も含めたマスコミが散々叩いている不二家の問題よりも重いのではないかという気もするんですが、当初は、社会的な制裁は不二家より軽く済むような雰囲気でした(連日の捏造発覚で逃げ切りが難しくなってきた感じですが)。何故なのでしょうか。だいたい以下のような感じかなというのがぼくの想像です。

「視聴者の寛容」
・どうせそれほど真剣に見ていたわけじゃないしなあ
・バラエティ番組なんてその程度でしょ?
・データは捏造かもしれないけど、納豆(orレタスor味噌汁orあずき・・・)が身体に悪いというわけじゃないよね

「マスコミがマスコミを裁く難しさ」
・あまり一方的に叩くと次にうちの局(新聞社の場合は系列局)で問題が発生したらまずいよな

「科学者のあきらめ」
・問題があるのは分かっているが、どうせ誰も聞く耳を持ってはくれないだろう
・くだらないことに係わり合いになって本業の研究をおろそかにしたくない

ただ、視聴率優先の風潮の中で、どこの局でも似たようなことはやっているとしても、この番組が「これ以上やったらまずい線」を踏み越えてしまっているのは確かですよね。バラエティ番組に科学的な厳密性を期待するのが無理だとしても、していない実験をしたことにしたり、識者のコメントを捏造するというのは、いくらなんでもまずい。実験方法がいい加減なのは、慎重な視聴者であれば見抜ける可能性があるけれども、実験そのものを捏造されてしまっては視聴者に見抜く手段がないですからね。テレビ局側としても、バレたときに言い逃れのしようがない。検証不可能な独自実験や、外国人へのインタビューで、声優が上から声をかぶせてしまって元の音声が聞き取れないものが出てきたら、怪しいと思って見た方がいいかもしれない。

それにしてもテレビを盲信する人の多さには驚き。今でも「あるある大事典」の本を買っていく人はいるそうです。大きな書店では自主的に撤去しているが、「データが間違っていてもいいから欲しい」というお客さんもいるとのこと。科学的には正しいのかもしれないが、難しくてよく分からない科学者の言うことよりも、テレビで断言されていたことの方を信じるというこの感覚。いっそのこと、初めから科学的な根拠があるように見せようなど考えず、細木某とか江原某あたりに「これを食べれば前世の因縁が消えて痩せる」とでも言わせておいた方が害がないのかもね。

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